

第7回 武蔵高等学校中学校 梶取 弘昌 校長
-2018.04.13-
考えて選択する機会を与え、『世界』に繋がる力を育む
Profile
武蔵高等学校中学校 校長
梶取 弘昌 先生
かじとり・ひろまさ●1952年東京生まれ。武蔵高等学校中学校卒業後、1977年東京藝術大学声楽科卒。1977年武蔵高等学校中学校芸術科非常勤講師。1988年、同校の専任教諭となる。2011年4月より校長。アレクサンダー・テクニック、ドイツリートの研究・演奏を現在でも続けている。
校内に濯(すすぎ)川という川が流れる、緑豊かな環境の武蔵高等学校中学校。変体仮名や漢文、幾何の学習、やぎの飼育、山上学校、約2カ月間の海外研修など独自のカリキュラムを通して、かの有名な三理想のひとつ「自分で調べ、自分で考える力」が養われるという。武蔵がめざす教育について、梶取校長先生からお話をうかがった。
※この記事はTOMAS会員誌「冊子版Schola」第4号(2018年春号)の特集を再編集したものです。
「自分で考える」力を育む武蔵の教育
武蔵と言えば、三理想を掲げていらっしゃいますね。
「東西文化融合のわが民族理想を遂行し得べき人物」「世界に雄飛するにたえる人物」「自ら調べ考える力ある人物」は、創立当初から掲げている建学の理念ですが、私はまず、「三理想を疑ってかかれ」と生徒たちに言っています。「三理想」も時代とともに意味は変化しています。その意味を疑い、自分でさまざまなことを考えたとき、はじめて気づくことがあるのです。
たとえば「東西文化~」は、現代ならグローバル化と言い換えられると思いますが、グローバル化には良い面もあれば悪い面もある。たとえば難民問題をどう解決すればいいのか。民族文化の違いからくる誤解を乗り越えていくことができるのか。そういうことまで問われています。「世界に雄飛~」も、創立当初は当時の先進国である欧米を意識していましたが、現代では、自分を取り巻く他者や環境、すべてを指して『世界』ととらえるべきだと考えています。「自調自考」にしても、「自分で調べなければならないのはなぜ? 考えなければならないのはなぜ?」ということを自分で考え、理解しなければ意味がないのです。
言葉通りに憶えているだけでは意味がない、ということですね。
「自分で考える」ということは簡単なことではありません。まず、さまざまな知識や経験をインプットして咀嚼し、その上で出てくるものが「考える」ということです。ですから、中学1年生ではまずインプットを大切にしています。英語であれば単語や文法、国語なら漢字の書き取りや百人一首を覚えたりもします。
また、手で書くことを重視しています。自分の手で書くことではじめてわかることがあるのです。本校の算数の入試問題は、問題文が手書きになっており、解答用紙は単なる大きなスペースに自由に記述する形式をとっています。これも書くことを重視しているからです。
武蔵は自由な校風だから「やりたくないことはやらなくていい」ということではありません。必要なことはしっかり知識として定着させた上で、その先の世界を見せる、考えさせる、考えたことをきちんと評価する。それが武蔵の教育の根幹です。ですから、型にはめてこの形でいけ、ということはせず、さまざまな問題についてじっくりと考えさせる時間を作る。答えに辿りつくまでのさまざまな過程を大切にする生徒になってほしいと思います。

かの有名な武蔵の三理想。梶取校長は「それを疑え」と語った
特徴的な研修やカリキュラムを通してトータルな学びを追求
変体仮名を読んだり、漢文、幾何の授業があったり、理科で岩石の標本を作ったり、特徴的なカリキュラムを実施されていますね。
変体仮名を学び、古典を原典に近い状態で読むという経験はなかなかできるものではないと思います。幾何は思考の原点、漢文は文化の原点ですから疎かにはできません。
理科・地学の授業での「薄片作り」は、6時間ほどかけて石を削って顕微鏡で観察するという授業で、体験を通して実感と納得感、そして探究心を育むのが目的です。いずれも大学入試では重視されない分野・内容の授業ですが、時間の無駄とは思いません。村上春樹が「効率の対極にあるのが想像性である」と言っています。効率や実利を優先し過ぎると、創造性・想像性が失われます。
中高生という時期に多彩な文章、問題、体験に触れさせることには、大いに意味があると思っています。
第二外国語の授業と、その延長上の国外研修も特徴的ですね。
一人でホームステイをする研修ですから、日本語がまったく使えない環境です。今までとは異なる環境に身を置くことで、一種の自己破壊が起こり、自分や自分を取り巻く『世界』を見直す契機となり、視野が大きく広がるのです。
高校2年生の終わりから3年生のGW頃までという、受験直前期に行かせることには議論の余地もあるのですが、頭の柔軟なこの時期にこそ海外を体験し、自己を見つめる経験をさせておくべきだと考えています。
中学高校では大学進学という短期的なところに目が行ってしまいますが、教育とは、大学卒業以後の人生までを自立して生きていく力を育てるトータルなものだと思っています。
校内でやぎを飼っているそうですが、どのような狙いがあるのですか?
総合学習のひとつです。やぎ小屋の設計図は数学の教員が引いているのですが、タイへ行ってどのような小屋がいいか実際に見に行くなど、かなり本格的です。中学1年生から担当の係がいて、常に20名以上が飼育に関わっています。休みでも寒い中でも世話を欠かさず、偉いと思います。やぎは草を食べること以外何もしませんから、見ていると心が和みますよ。
そうした教育を経て、「はやぶさ」の國中均氏や、東大の現総長である五神真氏といった非凡な才能が磨かれていったのですね。
國中さんたち「はやぶさ」の初期メンバーは、太陽観測部のOBです。彼らが在学中から優秀で勉学に勤しんでいたかというとそうではなく、在学中は、理科棟にある天文台でよく遊んでもいました。その遊びの中で見つけたものが、後の研究に繋がっていきました。そういうエネルギーのある人たちだったのですね。
東大現総長の五神さんは非常に優秀な方ですが、エリートで勉強しかしないという方ではなかった。学ぶことが楽しくてしょうがない、というタイプの方でした。彼らのように、面白くてやりがいのあることを見つけていく。それこそ武蔵が目指す『学び』なのです。
生徒自らの手による伝統行事失敗やトラブルも学びの機会
武蔵はどんな行事も現地集合・現地解散で、先生が連れて行くということがないとか。
中学1年次の山上学校は前橋駅集合です。「駅を間違えました」「電車を降りそこなってしまいました」ということが当然ありますが、そうした事態が起こることもすべて想定の上で、敢えて現地集合にしています。遅刻者が出た場合は教師を待機させます。面倒と言えば面倒ですが、失敗したときどうすればいいのか、自分で考える。その最初のきっかけが山上学校です。
山上学校中も先生が先頭に立って指導することはしません。1学期に理科と地理の授業で現地について勉強し、それに基づいて生徒たちが行程を計画し、先頭に立って歩きます。山道ですから想定通りにはいきません。30分で着く道を2時間かけてしまったり、危ない道に入りそうになったりすることもあって、そういう時は教師がフォローに入ります。
強歩大会のコース決め、記念祭や体育祭の運営や進行もすべて生徒が主体になって行うそうですね。
体育祭では、審判長も生徒です。生徒主体だとやはり完璧にはいきません。失敗やトラブルは当然あります。我々教師が全部段取りをつければ失敗はしないでしょうが、失敗して、叱られて憶えることもあります。そういう経験をたくさんさせることが大切だと思っています。
失敗しないことよりも、生徒に多くの経験をさせ、それを見守ることを大切になさっているのですね。
生徒に任せたことで、よい意味で驚かされることもあります。
記念祭には美化を担当する生徒もいます。記念祭中の清掃をすべて行うのです。スポットライトの当たる仕事ではないのですが、会期中、校内を完璧に清掃し、きれいに保っています。本当にすばらしい仕事ぶりなのです。
また昨年、池上彰さんを講演にお招きした際、高校3年生の生徒がアナウンスの仕方から講堂から人が溢れたときの誘導法まで、完璧なマニュアルを作ってきました。あれは本当に見事でした。
武蔵には職員室がなく、研究室があり、自分の興味のある分野については、研究室に行って、先生と1対1で話をすることができるとか。
勉強を教わりにくる生徒もいますが、単に先生と話をしにくる生徒もいます。私は今でも授業を持っていますが、10年以上前のことです。一人の生徒が芸術科研究室にやってきて、「先生、クラシックってくだらないよね」と言うので、「じゃあどういうのが好きなんだ?」と聞くと、ロックだと答えるので、彼からCDを借りていろいろ聞いてみたところ、ロックと一口に言っても多様であり、私がそれまで考えていたイメージだけではないと気づかされました。生徒から逆に教わったわけです。
数年後、高校3年生になった彼がまた研究室にやって来ましてね。「先生、バッハって凄いですね」と言うので嬉しかったですね。授業だけではできない学び合いができるのは、研究室があるからこそだと思います
最後に、御校を志望する生徒に向けてメッセージをいただけますか?
『学び』とは、答えを教わって憶えることではありません。自ら考え、考えることを楽しみ、新たな創造に向かうことができる生徒を育むことが、武蔵の教育です。
もし武蔵にご興味がありましたら、これから開催される記念祭や体育祭をぜひ見にいらっしゃってください。武蔵のよいところ悪いところすべてを見ることができますから。

校内の中央を流れる濯(すすぎ)川。自然豊かなキャンパスで生徒たちはのびのびと過ごしていた
取材を終えて―
TOMAS入試対策本部 本部長 松井 誠
武蔵というと自由奔放というイメージがありますが、校内の生徒たちからは、自由でありながら礼儀正しく、分別をわきまえた思慮深さを感じました。また、生徒の自主性に委ねる教育の裏には先生方のきめ細かいサポート、面倒見のよさがあることを実感しました。武蔵高等学校中学校の学校情報と入試対策を知る
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