

第2回 麻布中学校・高等学校 平 秀明 校長
-2018.04.10-
精神的自由を保障することで
一人ひとりがぶれない「基準」を見出していく
Profile
麻布中学校・高等学校 校長
平 秀明 先生
たいら・ひであき●1960年5月、東京生まれ。1979年麻布高等学校卒業。東京大学工学部、教育学部を卒業後、1985年より麻布学園に数学科専任教諭として28年間勤務。2013年4月より校長をつとめる。校長就任後は毎週月曜日の朝、校門に立って生徒と挨拶を交わすことを楽しみとしている。
各界に要人を輩出してきた名門校・麻布学園。丘の上に位置するこの学び舎へ登校するにはさまざまな坂を経由するが、生徒たちの足取りは軽やかで顔は輝きに満ちている。誰もが居場所を見つけられるという麻布学園には、どのような教育方針が根付いているのだろうか。TOMASの松井誠 入試対策本部長がお話をうかがった。
※この記事はTOMAS会員誌「冊子版Schola」第3号(2018年冬号)の特集を再編集したものです。
麻布で問われる、自ら手を動かし考える力
平校長は麻布の出身で東大工学部卒業後、同教育学部に学士入学、卒業後は母校の数学の教員になったのですね。
大学では応用化学を学び、そのまま研究の道に進もうと大学院も受かっていたのですが、やはり人と向き合う仕事がしたいと思うようになりまして。縁あって麻布で28年間数学を教えました。
麻布のような才能豊かなお子さんたちが集まる学校で、「数学」という“考える”科目を教えるのは難しさがありそうです。
よく数学にはセンスが必要だと言われますが、中学や高校の数学は、努力に比例して成績も伸びていく教科です。とにかく手を動かし汗をかいて先人のやったことをまねていくことが大事です。加えて、たとえば図形の分野などで、図形そのものの持つ性質の美しさを体感できればなお数学が好きになれると思います。
麻布はただ覚えるだけでなく、自分で考え手を動かすことを重んじますよね。
確かに、知識の多寡を問う問題よりも、一定の知識をベースにしてそこから自分の頭で考えさせるようにしています。中学の入試問題にもその考えが反映されています。記述問題の採点の際には教員同士で議論が始まることもあります。当校が合格発表にお時間をいただくのも、そのためです。
そういった試験をくぐり抜けて個性的な生徒が集まるのですね。
中学一年生は入学直後に「上には上がいる」と劣等感にさいなまれる例が少なくありません。そんな中で、たとえば「鉄道の知識で自分の右に出るやつはいない」など、譲れない矜持を持てる子はうまくやっていけます。また、そういう子は他者の気持ちも尊重できますから、ちょっとしたけんかこそあれど、いじめはありません。学校側も校則などで制約をつけずに自由にさせているので余計なストレスがないというのも大きいと思います。

合格発表でおなじみの中庭では放課後、生徒がテニスをしていた

校長室の棚に立体模型が並ぶのは平校長ならでは
自由闊達・自主自立、麻布に根付く文化とは
麻布には、大変自由といいますか、生徒さんを一人の大人として扱う文化がありますよね。
私が校長になってからは、自由の中でもAモード・Cモード・Fモードという「3つのモード」を使い分けるように伝えています。『Aモード』とは、アットホーム、つまり麻布モードです。本校では学年の枠や生徒と教員の枠が画然としているわけではなく、自分たちの意見をフレンドリーに話すことができる環境です。『Cモード』は、コモンセンス。常識が働くモードということです。一歩学校の外に出たらそこは世の中の常識が支配する世界だから、そこに合わせてふさわしいふるまいをしなさいと。最後に『Fモード』はフォーマルの意です。学校の中でも式典などがありますから、節目のときにはそれにふさわしく、静粛にする必要があります。最近はモードの使い分けもだいぶできるようになってきたと感じますね。
麻布は、東大への合格者数が戦後一度もトップ10から外れたことがない唯一の学校ですが、自由に高学年まで過ごしながらもなぜこのような結果が出せるのでしょうか。
なんとなく大学に行くのではなく、「こういうことをやりたい」と思ってめざす生徒が多いからだと思います。立地上、東大は射程に入りやすい大学であると思いますが、最近は京都大学への進学者数も2桁が続いています。当校では大学受験に至るまでに授業や行事等でいろいろな刺激や影響を受けるので考え方において足腰が鍛えられているのでしょう。
中3で竹取物語を読んだり、高1で理科に週6時間取っていたりと、独特なカリキュラムが印象的です。さらに、社会科でもかの有名な「修了論文」がありますね。
そうですね。どれも生徒にとっては負荷の大きいカリキュラムだと思います。特に修了論文は、本を読んだ上で参考文献もきちんと巻末に載せるよう指導していますから、勝手に論を進めていくようなことはできません。一年かけて、自分の論拠はここにあると示しながら本格的に書くので苦労するだろうと思います。
必要なものは図書館でそろう環境ですか。
司書教諭らが相談にのり、関連書籍も併せて提示するなどしています。図書館には一日500名ほどの生徒が出入りします。彼らの熱意に応えるため、司書教諭とともに各教科から選出された図書委員が週に一度、「図書館部」会議を開いています。生徒から寄せられる多数のリクエストからいかに選書するか検討したり、教員からも推薦図書が挙がったりと活発で、図書の予算だけでも年間、五百万円近くを充てています。当校は校舎こそ古いですが、ソフトウェアにはしっかりお金をかけることにしています。

ご自身も麻布の卒業生である平校長。麻布の文化への愛情と強い自信を感じた
巨額の予算を生徒のみで管理、各々が個性を発揮する学園祭
文化祭も生徒の自主運営です。700万ともいわれる予算を生徒さんがすべて管理・運営しているということで。
基本は生徒に任せています。3日間で2万人以上が来校する規模ですから、教員も日直や展示の監督などは行いますが、金銭管理は会計局および生徒の「予算委員会」が行っています。支出が適正であったかとか、やむをえない赤字であれば予備費から補てんしましょうとか、最終的にはクラスで賛成か反対かも決議して生徒たち自身で決めていきます。正直、不明金がまったくないわけではないのですが、ではそれがどうして生まれてしまったのか、今後どう対策するかというところまで考えています。
展示も力作揃いで、文化祭をきっかけに麻布を志望する生徒も多いです。
化学部が多摩川の水質調査の結果を発表しているかと思えば、ある生徒は自作のスピーカーの聴かせ比べをしていたり、またある生徒は楽器演奏やダンス、演劇などのパフォーマンスを行っていたり。それら全て、人に見てもらうためというより、自由に自己表現しているのを見てくれればいいというスタンスのようです。そういう意味では、大人から見たらよくわからなくても、小学生にとっては「これいいな」と琴線に触れることがあるようです。
自分のこだわりや好きなものを突き詰めていくのが麻布流ですね。
本校では独自の考えやスタイルを持っているかを常に問われています。たとえば国語の授業で、同じ作品を読んでも解釈が分かれることがありますね。すると、「自分はこう思う」「いや、歴史的にはこうじゃないか」など意見が飛び交います。刺激を受ける。与える。そして新たな視点を持つことができる。このように生徒同士の個性が反応し合う場が「麻布」なのだと思います。
髪色を派手にする生徒も見かけますが。
あれは元々、文化祭のオープニングセレモニーで実行委員長が断髪式をやっていたときに、どうせ坊主になるならと髪を長くしたり色をつけたりしていたところ他の生徒にも流行したのが発端ですね。目立つので、麻布生はみんな派手という印象を与えがちですが、実際は2割くらいの生徒が楽しんでいるくらいです。

文化祭の展示の資料。化学部、地歴部、鉄道研究会、航空研究会など力作が並ぶ

騎馬戦の練習に励む高1生。先生は危険がないかを見守るが、あとは生徒の自主性に委ねる
家庭とは違う役割を―卒業後もホームであり続ける
過去には志願者数が落ち込んだこともありましたが、今年は967名もの志願者がありました。変わりゆく時代や子どもたちの在り方に対応された結果ですね。
補習を行ったり小テストを頻繁にしたりと、以前よりも面倒見はよくなっています。ただ私としては、みな早いうちから連日塾に通い、やりたいことも我慢してようやく麻布に入ってきたわけですから、それでまた締めつけるのはかわいそうだと思っています。学校がご家庭とまったく同じ役割を担う必要は必ずしもありませんから、そういう意味では独立した場所でありたいし、それが生徒にとっての「天国」であると称される所以であると考えています。
自主自立を促し個性を育てる、麻布らしい教育は変わらないと。
教師の役割は、勉強の知識を1~10まで教えることではなく、勉強はおもしろいと気付かせることです。たとえば「物理っておもしろいな」とキャッチした子は、親が止めようが教師が止めようがどんどん勉強するものです。また、大人はどうしても、転ばぬ先の杖という思いで干渉しがちですが、実際はけんかしないと痛みもわからないし仲直りする喜びもわからないもの。だからこそ、あえてそこは自分で考えて解決しなさいと生徒たちに投げているのです。
御校を志望する生徒に麻布の魅力をお伝えいただけますか。
中学・高校は、利害関係のない真の友情が生まれる最後の時代だと思います。卒業しそれぞれの道へ進んでも、同期会などで顔を合わせれば、当時の気持ちに帰れるというのが本校のいいところだと思います。保護者もPTA活動等、相互の交流が豊富で学校の情報はどんどん入ってくる楽しい環境です。ぜひ、説明会や文化祭にお越しいただき、お子さんに合う学校かどうか考えていただければと思います。

放課後、職員室に質問にくる生徒。先生は「さん付け」やニックネームなどで呼ばれ、フランクに会話する

「図書館を見ればその学校がわかる」と平校長。豊富かつマニアックなラインナップで生徒の興味関心に応える
取材を終えて―
TOMAS入試対策本部 本部長 松井 誠
金髪の生徒や、休み時間にコンビニへ行ってしまう生徒。「学校」の既成概念を超越した光景に衝撃を受けると同時に、大変生き生きとした表情を見せる生徒たちを見て教育のなんたるかに改めて気づかされる思いでした。麻布中学校・高等学校の学校情報と入試対策を知る
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