第1回 開成中学・高等学校 柳沢幸雄 校長
-2018.04.09-
環境研究の第一人者としてハーバード大学へ
常にあったのは「教える」ことへの情熱
Profile
開成中学・高等学校 校長
柳沢幸雄 先生
やなぎさわ・ゆきお●1947年生まれ。開成中学校・高等学校を卒業し、東京大学工学部化学工学科卒業。民間企業に約3年勤務ののち、東京大学大学院工学系研究科博士課程修了。アメリカのハーバード大学公衆衛生大学院准教授、同併任教授、東京大学大学院新領域創成科学研究科教授などを経て、2011年4月より開成中学・高等学校の校長に就任。研究者としては、シックハウス症候群に関する研究の第一人者などとして知られている。
※この記事はTOMAS会員誌「冊子版Schola」第1号(2017年夏号)の巻頭特集を再編集したものです。
先輩が後輩に優しいという古くからの開成の伝統
改めて、中高一貫校で学ぶことの意義を柳沢先生にお聞きしたいと思います。
生まれてから6歳ぐらいまでは、子どもはほぼすべてのことを家族に教えられて育ちます。それから12歳までの初等教育の時期は、子どもの指導に学校の教員が加わります。そして、中高での教育がはじまる13歳以降の子どもたちは、家族との関わりは減り、友人や学校の先輩から学ぶ機会が増えてくるのです。ただ、中学1年生と中学3年生では年齢が近すぎて多くを学ぶことができません。特に中高一貫校において、憧れの先輩を選べて教わることができるというのは大きいでしょう。中学1年生が、彼らにとっては大人のように見える高校3年生に面倒を見てもらえるということが重要です。それには、先輩が優しいということが前提になってきます。また、先輩に優しくされると、自分が先輩になったとき後輩に優しく教えることができる。それも重要で、大人になったときの人間関係の礎になるといえるでしょう。
先生も開成の卒業生ですが、開成の先輩は優しいですか?
それはまさに、古くからの開成の伝統です。今の生徒たちはまあおしなべて優しいですが、私が中学生のころの先輩にはバンカラな気風も強かった。たとえば、毎年4月中旬に恒例の筑波大学附属高校と対戦するボートレースがあり、高校3年生が中学1年生に応援歌の指導を行うのですが、歌というより怒鳴らせようと先輩方から“とにかく声出せ!”と迫られるわけです。私などはそれはもうビックリして怖かった記憶が残っています。一方、運動会などの学校行事や部活などで知り合った先輩が、受験勉強法まで教えてくれる。そうした意味で先輩の優しさは伝統的に受け継がれているといえるでしょう。
運動会で優勝することは東大に受かるよりうれしい
行事の話が出ましたが、開成といえば運動会が有名です。
5月の母の日が運動会になります。高校3年生が下級生全員に、競技に勝てるよう懇切丁寧に指導します。最近では、過去のVTRを見て作戦を立てているようです。指導に際しては、その日の練習の反省文を中学1年生がノートに記し、それに高校3年生が細かく返事を書いているようです。中身をご覧になった保護者のいわく“交換日記のようだ”とのことです。そうこうしていくうちに、中学1年生のなかで憧れの先輩ができていきます。そして運動会後に部活動の勧誘が行われるのですが、多くの生徒が憧れの先輩のいる部に入部します。私は、トランシーバーがつくりたくて物理部に入部し、ウマの合う先輩についていくようになりました。運動会は開成生にとっては計り知れない意義をもつものですね。“東大に受かるより、運動会で優勝したかった”という声もざらです。私は高校3年生のとき、最下位になって棒倒しも負けて悔しかったことを、今も忘れません。
開成の教育では、行事を重視されていますね。
部活動より行事のほうがリーダーシップが育つというのが、私の持論です。部活動は、いわば同じ穴のムジナ、趣味や志向が合う生徒が集まるのでまとめやすいのです。行事は、興味関心がバラバラな生徒全員をまとめあげるわけですから、それだけ苦労します。私は文化祭準備委員長としてまとめ役を果たしましたが、“組織を束ねる者は、自分が動いて、作業に集中してはいけない”ということを学びました。
7000台の現金引き出し機を1~2メガのメモリで運用
ハーバード大学に着任される前のお話ですが、学生時代は大学紛争で授業がほとんどなかったそうですね。
デモにもよく参加しましたし、仲間と議論もたくさん交わしました。とにかく本を数多く読みましたね。高いハードカバーの本がほしくて、昼ご飯を抜くこともたびたび。今でも本は捨てられなくて、1冊2冊という単位ではなく、本棚でメートル単位で数えるほどの蔵書があります。学部生時代は公害問題に興味があって、卒論は排水処理についてでした。
大学卒業後、民間企業に就職します。
コンピュータメーカーでキャッシュディスペンサーの開発・運用に携わっていました。キャッシュディスペンサーとは、今でいうATMみたいなものですが、技術的な限界で、お金を引き出すことはできても、預けることはできない機械です。当時は、ディスペンサーを動かすコンピュータのメモリは最大で1~2メガ程度でした。その1~2メガのメモリで約7000台のディスペンサーを稼働させていたのですから、今、考えてみても大変なことだったと思います。あまり家に帰れない日々をすごしましたが、仕事は好きだったので苦ではありませんでした。
入社した企業を数年で辞し公害問題解決の研究の道へ
しかしながら会社を辞め、大学院へ入学されます。
会社にいたのは3年ほどです。さまざまな公害問題が深刻化していた時代で、もともと大学生のころから気にかけていたテーマでした。そしてあるとき、著名な写真家の水俣病の患者の写真を見る機会がありまして、“化学が人を傷つけるなら、それを化学で解決しなくては”と、決意したのです。そこで、大学院で研究する学費を捻出するために、開成に通う中高生を対象とする塾を開いたところ、100人を超える塾生が集まるなど大好評を博します。のちにハーバードに行くときにも“アメリカで成果が出なくても塾をやれば生活の心配はない”と、一歩踏み出す助けにもなりました。
大学院での研究について教えてください。
修士課程に入って、空気の汚染の研究をはじめました。台所で料理に使うガスから、人間の呼吸器などに有害な二酸化窒素が多く排出され問題になっていたころです。そこで私は、すでにあった放射線量を測る機械をヒントにして、料理を行った主婦がどれぐらいの量の二酸化窒素を吸い込んだかを測る装置を開発しました。さらに、東海大学の公衆衛生の教授と組み、どれぐらい二酸化窒素を吸うと、どんな健康被害が出るのかを調査し、排気ガス規制の強化の要請なども行いました。これがはじめて世に認められた私の研究業績です。
そしてアメリカのハーバード大学で教鞭をとられます。
当時は日本の大学では、企業や財界と利害が対立することもあって、環境問題の研究ができませんでした。そこで、論文を国際学会に出し続けていたら、ハーバードから声がかかったのです。ハーバードでは、公衆衛生大学院の准教授・併任教授を務めました。
米ハーバード大で何度もベストティーチャーに
ベストティーチャーに何度も選ばれたそうですね。
ハーバードでは、授業が終わった学期末に学生全員に“もう一度、この授業を取りたいか”というアンケートを実施するのですが、7点満点で6・5以上を獲得するとベストティーチャーになります。最初は英語が話せなくて苦労しましたね。そこで、OHPという今日でいうパソコンのプレゼンテーションソフトのスライドのようなものを準備して、英語の発音が通じなくても、スライドを見ただけで内容が理解できる授業を心がけました。学生たちも問題なく授業を理解してくれて、しっかりとしたロジックとビジュアルな準備があれば、言葉はいらない、と感じたものです。ただ、授業1回あたり80枚近いスライドをつくったので、週に2回授業があるときは大変でしたね。
教えることがお好きなのですね。
私の人生には大きな2本の柱があって、一つはものづくりで、一つは教育です。研究者としてものづくりに携わる一方、学生の指導にも力を入れてやってきました。単位認定もかなり厳しくして、単位を落とした学生も多かったのですが、今でも同窓会には呼ばれるので、教え子たちは“あのとき厳しく教えてもらったのがよかった”と思ってくれているのでしょう(笑)。東大の大学院を離れるときは、いろいろな方面からお声がけをいただきましたが、最初に具体的に固まったお話をもってきてくれたということで、開成の校長を引き受けることにしました。
最後に、保護者のみなさんにメッセージをお願いします。
家庭で子どもに、身の回りのことをできるだけやらせてください。たとえば、塩素系の漂白剤と酸性の洗剤をなぜ混ぜてはいけないのか考えさせたり、温泉卵を実際につくってみたりしましょう。そうしたくせをつけることで自ら考える習慣が身につき“生活力”ともいえるものが備わるはずです。
取材を終えて―
TOMAS入試対策本部 本部長 松井 誠
環境研究の第一人者であり、ハーバード大学ではベストティーチャーに数回選ばれた柳沢校長に、測定器やOHPなどの実物を見せていただきながら貴重なお話を伺うことができました。開成をめざす受験生はもちろん、将来、研究者をめざしてグローバルに活躍したいと考える子どもたちの夢を応援する熱いメッセージになったのではないでしょうか。開成中学・高等学校の学校情報と入試対策を知る
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